岐阜地方裁判所 昭和35年(ワ)421号 判決
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〔判決要旨〕一、土地賃貸借契約書に三年とか五年とかの短期間の記載があり地主の必要があるときは直ちに立退き返地するという趣旨の文句があつても、判示事情のもとにおいてはこれよりして直ちに本件土地賃貸借を一時使用のものと解することはできない。
二、賃貸人において賃貸した土地の明渡を求める理由があつても、これを明渡すことによつて賃借人の蒙る経済的負担が著しく権衝を失する程度に過大であるときには、右土地明渡の請求は、もはや正当の事由を欠くものと云わねばならず、判示事情のもとにおいて、期間終了後の使用に対して述べた賃貸人の異議は、土地の一部については正正の事由があるが、その余の部分については正当の事由を欠くものといわねばならない。
三、賃貸借契約がすでに消滅した土地上の無断建築を特約違反としてされた契約解除は、なお賃貸借存続する他の土地部分につき何等の効力を及ぼすものではない。
〔判決理由〕二、原告は右賃貸借は一時使用の為のものであると主張し、被告は普通建物所有を目的とする通常の賃貸借であると抗争するので之を検討する。
(証拠―省略) を総合すると次の事実が認められる。すなわち本件土地は隣接の不破郡赤坂町字北岡ノ下一八八番の一の宅地と共に原告の所有であり、以前は田であつたが、矢橋工業株式会社(原告の弟矢橋広治及び長男龍太郎を代表取締役とし、原告自身多額の出資をしている同族会社)の前身矢橋商事合資会社が埋立てて宅地とし、一八八番の一の土地に同会社の本店事務所を建築したが、当時隣接の本件土地は差当り之を利用する具体的計画がなかつたところ、たまたま出入りの大工であつた被告吾一が製材業を始めるについて、工場用地として本件土地を借り受け度い旨懇請したので原告は之を承諾し、同被告との間に昭和九年一一月六日賃貸借契約を締結して之を使用させることとなり、更に昭和一〇年一二月五日その内容に若干の変更を加えて再契約したのである。
ところで昭和九年一一月六日作成の契約書には賃貸借の期間を昭和一〇年一月一日より昭和一二年一二月三一日迄の三年間とする旨、昭和一〇年一二月五日作成の契約書には賃貸借の期間を昭和一一年一月一日より昭和一五年一二月三一日迄の五年間とする旨の各記載があることは当事者間に争ないが、もともと本件土地は被告吾一が製材業を営むにつきその用地として賃借したものであり、従つて同被告の本件土地の使用が相当長期に亘るべきことは当然予測されるところであるというべく、又原告としても昭和一〇年一二月五日の契約において住宅(別紙第一目録二、(一)の建物)の建築を許容し、なおその後同被告が昭和一五年に右目録二、(五)の建物を、昭和二二年に同目録二、(四)の建物をそれぞれ建築し、逐次事業を拡大して行つたことを格別咎めることなく放置していたことは前掲の証拠によつて認められるところであつて、かような事情を総合考察するとき、契約書には三年とか五年という短期間の記載があり、又甲第五、六号証(賃貸借契約証書)に、本件宅地は地主において将来特別事情目的のあるものと強いて借地したものであるから、地主の必要を生じたときは、借地人において直ちに立退き返地する。という趣旨の文句があるけれども、之等は単に将来地主の必要を生じた場合に借主において土地を返還することを約する趣旨のものにすぎないと解すべく、之よりして直ちに本件土地賃貸借を一時使用のものと解することはできないのであつて、畢竟本件土地の賃貸借は普通建物所有を目的とする通常の賃貸借と解するのが相当である。(中略)
次に本件土地賃貸借が法定の二〇年の存続期間の満了したとの原告の主張につき判断する。
一、昭和三〇年一二月三一日の経過により本件土地賃貸借につき法定の二〇年の存続期間が満了した後も被告吾一が右土地の使用を継続し、原告が之に対し遅滞なく異議を述べたことは当事者間に争がない。
二、よつて、原告の述べた右異議が正当の事由に基くか否かを検討する。
前認定の如く、矢橋工業株式会社の本店事務所の在る不破郡赤坂町字北岡ノ下一八八番の一の土地は隣接する本件土地と共に同会社の前身矢橋商事合資会社が田を埋立て宅地としたもので、一八八番の一の土地には右会社の本店事務所を建築したのであるが、なお前掲証拠によれば本件土地は将来同会社の用地として使用されるべきことも予想されていたので、被告吾一との賃貸借契約においても、原告はこの点を考慮し将来必要を生じた場合の土地返還の定めを為して置いたが、その後矢橋工業株式会社の経営は次第に拡大され、昭和二七年には右一八八番の一の土地に分析室を建てたが、現在の本店事務所は狭隘で拡張の必要に迫られ乍らその儘となつており、そのほかにも倉庫や車庫を建てる必要があるのに敷地が狭く困難をしていることが認められる。
他方被告吾一が高橋製材合資会社を設立してより経営は順調となり原告主張の如く次々と新工場用地を求めて事業を拡張して行つたところ、本件土地賃貸借につき法定の二〇年の存続期間が満了した昭和三一年一月一日当時、新工場用地として別紙第二目録(一)乃至(三)の土地があり、なお同目録の土地も間もなく使用し得べき状態にあつたことは当事者間に争なく、又当時右土地に存在した建物は別紙第三目録(三)乃至(五)及び(一三)の建物であつたことは原告の明かに争わないところである。
ところで鑑定人((省略)の鑑定意見によれば、その当時本件土地上に在つた住宅、作業場、倉庫等(別紙第一目録二(一)乃至(五)、(六)の旧建物)及び庇並びに機械類のすべてを右新工場用地に移転することが可能であつたのである。併し乍ら右鑑定意見により認められる如く、当時の本件土地上の全施設を新工場用地に移転するときは、その費用として合計一、六八二、〇〇〇円を要するほか九二日間を休業しなければならず、その間の営業上の利益を失う等多額の損害を蒙ることを免れないであろう。
しかも本件土地を明渡すこととなれば、現実に右工場施設を移転するのは今日であるが、その後新工場用地として前記各土地のほかにも別紙第二目録(五)、(六)(七)の土地を求めて被告等が使用するに至つていることは自ら認めるところであるけれども、右土地にはその後現在まで別紙第三目録(一)、(二)、(六)乃至(一二)、(一四)乃至(二〇)の各建物が建設されたことは原告の明かに争わないところであり、従つて、右鑑定人等の鑑定意見に述べているように現在旧工場施設を新工場用地に移転しようとすれば、其処に在る若干の建物を他に移転する方法が講じられるのを適当とし、その為に移転先の土地を入手することを考えねばならない。斯くして右鑑定意見によれば、今日本件土地に在る全施設を新工場用地に移転する場合の経費は合計五、六三〇、二五〇円に及び、なお一〇一日間の休業を要することとなるのである。
そこで原告の本件土地明渡を求める正当の事由の有無を判断するについては被告等にかような大きな経済的負担(移転費用、休業期間中の営業利益の喪失及び移転先土地購入費用等)を余儀なくさせてもなお且つ原告が右土地の明渡を得て之を利用しなければならぬ高度の必要性ありや否やが問題となる。
前認定の如く原告が被告等に対し本件土地の明渡を求める理由は、矢橋工業株式会社の本店事務所の拡張及び倉庫や車庫の建築の為の用地を確保するのであつて、その目的の為にはなるべき広い敷地の存することが望ましいことは勿論であるが、他方之を明渡することによつて被告等の蒙る経済的負担が、原告の受ける利便に比較し、著しく権衡を失する程度に過大であるときは、原告の土地明渡の請求は、社会生活において許される権利行使の限界を超えるものであつて、もはや正当の事由を欠くものと云わねばならない。
そして前記のような矢橋工業株式会社の本件土地の使用目的からすれば被告等に前記の如き多額の経済的負担を蒙らせ乍らも強いて本件土地全部の明渡を受けねばならぬ必要性に乏しいものというべきである。
よつて本件においては、原告が本件土地明渡を求める理由とする前記目的に照し、原告がその明渡によつて得る利便と、之により被告等の蒙る負担とを比較し、その均衡を得させるよう本件土地を区分して原告と被告等との双方に利用させ、その間に利害の調整をすることが相当と考えられる。
この見地より本件土地の使用状況を見るに、検証(第二回)の結果によれば、被告高橋製材合資会社は本件土地において専らパネルの製造を行い、別紙第一目録二、(二)、(四)、(五)の各建物に機械設備を設けて之を工場とし、ほかに庇及び同目録二、(三)建物ののうち、ほぼ図面(E)(F)線の西の各部分をも工場又は材料置場としてそれぞれ高度に利用しているが(E)(F)線の東側の部分はパネル製造とは直接関係のない住宅(同目録二、(一))、事務所(同目録二、(七))、倉庫、食堂等(同目録二、(三)の(イ)及び(六))の各建物の敷地及び空地であることが認められる。よつて右パネル製造の作業に直接使用されている別紙第一目録一、の図面(E)(F)を結ぶ線の西側の各建物及び庇の右の線より西の部分を存置することを得れば、たとえ右の線より東の土地を明渡すとしても、前記鑑定人の鑑定意見によつて明かなように、右(E)(F)線より東側の各建物を移転する為約一九〇万円の経費を要するに止まり、被告等は右工場施設を運転して事業を継続し得ることにより、休業に伴う前記の如き多額の失費を免れることができよう。しかも原告としては、矢橋工業株式会社に対し本件土地のうち (E)(F)線より東側の部分(約九〇坪余)を使用させることにより、同会社の前記目的を到達するに必要な程度の敷地は之を確保し得るものと考えられる。尤も工場として使用されている別紙第一目録二、(五)の建物の東端の一部が右(E)(F)線より東側に出張つているが、(省略)の証言及び検証(第一回)の結果を総合するときは、隣接地に在る矢橋工業株式会社の本店事務所の拡張等の為には、この程度の敷地は必要なものと認められるに対し、右建物の(E)(F)線より東の部分を取毀することは被告等にさしたる損失を蒙らせるものとは認め難い。
以上諸般の事情を総合考察すれば、本件土地を区分して原告と被告等の双方に使用させ、その利害を調整を為さしめるに適当な境界線は、右(E)(F)を結ぶと線と認めるべきである。
よつて本件土地賃貸借の存続期間満了後における被告吾一の土地使用に対して述べた原告の異議は、右(E)(F)線より東の部分について正当の事由ありと云い得るけれども、その余の部分については正当の事由を欠くものといわねばならない。
三、故に原告と被告吾一との間の本件土地賃貸借契約は、別紙第一目録一、の図面の(E)(F)を結ぶ直線より東の部分については昭和三〇年一二月三一日の経過により消滅したが、その他の部分については更新されるに至つたものというべきである。
本件土地のうち右(E)(F)線より東の部分に在る別紙第一目録二、(一)、(六)、(七)の各建物及び同(三)(イ)並びに同(五)の各建物と庇のうち(E)(F)線より東の部分を被告高橋製材合資会社が被告吾一より借受けて使用し、その敷地たる右土地を占用していることは当事者間に争がなく、又被告高橋勝美が右各建物を被告吾一より借受けて使用し、その敷地たる右土地を占有することは検証(第一回)の結果とより認め得るところであるから、被告吾一は、本件土地のうち賃貸借の消滅した(E)(F)線より東の部分に在る右各建物及び庇を収去し、被告会社及び同勝美は之等より退去して、右部分の土地を原告に明渡す義務ありと云わねばならぬ。
第三、最後に無断建築禁止特約違反による解除の主張につき判断する。
原告は被告吾一が別紙第一目録二、(六)(七)の各建物を無断で建築したことを理由に本件土地賃貸借契約を解除した旨主張する。ところで右建築禁止及びその違反の場合の解除の特約は、問題の建物の築造された土地に賃貸借契約の存することを前提としてのみその効力が問題となり得るのであるが、右各建物が築造されたのは本件土地のうち図面(E)(F)線より東の部分であることは争ない事実であり、右土地の部分は昭和三〇年一二月三一日の経過により存続期間満了してその部分の賃貸借契約が消滅したことに前示のとおりである。そうするとその地上に築造された右(六)及び(七)の各建物は不法建築として之を収去する請求の対象となり得るのみであつて、右建築を特約違反であるとして賃貸借契約を解除することは、既にそれが消滅した右土地の部分に関しては無意味であり、又現在賃貸借契約の存続する本件土地中右(F)(F)線以西の部分に関しては何等の効力を及ぼすものではない
よつて右契約解除を理由として右土地の部分の明渡を求める原告の予備的請求も亦理由なしといわなければならない。(小西高秀)